2012年12月28日金曜日

2012年・仕事納め


独立して初の仕事納めとなり、おかげさまで無事に年越しできることを嬉しく思い、少しホッとしています。2012年を振り返る意味でも、なんとなく思っていることを備忘録的に書き留めておきたいと思います。

時間とお金
独立すると「時間」と「お金」と、今まで以上に向き合わざるを得ません。これに「健康」を加えれば、仕事の三大資源ですね。そういえば、日本では(海外はどうか分かりませんが)時間とお金についての教育が、あまりされてこなかったように感じます。時間の使い方の授業なんてありませんし、お金の話もどちらかというとタブーな話題とされてきました。時間は誰にでも1日・24時間ありますので、使い方はもしかしたらお金以上に大事なことかもしれません。今年は、意識的に早朝(5時頃)から仕事をするようにしましたが、とても頭が冴えて効率的でした。来年も朝型でいくつもりです。

大企業と中小企業
「こんな時代だから、先が読めない」というような発言をよく耳にする1年でした。実はどんな時代でも未来は読めず、景気が良いときは先が読めなくても前進している気になる。そう思います。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と、方丈記でも詠まれているとおり、いつの時代も諸行無常であることを忘れてはなりません。インターネットが普及した社会では、論理で未来を読むよりも、直感でまず始めて修正していくほうが成果を出しやすい。そんな時代なので、小回りのきく中小企業の方が、大企業よりもフットワーク軽く活躍の場があると感じています。就職ランキングで中小企業が次々にランクインしてくる日も近いですね。

都会と田舎
養老孟司さんの本で「都会は脳で、田舎は身体である」という言葉があります。都会とは人間が脳で考えた建造物で成り立っており、田舎は科学が進歩してもなお未知が多い身体のようなものである。そのような意味です。自分が住んでいる浜松をはじめ、地域の魅力を考える上で、とても大切な考え方だと思っています。田舎の街が都会だと背伸びをしたところで、足りないものばかり目についてしまいます。田舎なりの身体の活かし方を見失わないこと。森林、海、農作物。浜松を田舎という角度から見ると、見えてくる魅力があると日々感じています。

2013年は、いよいよ事務所の改修です。借りたばかりなのに改修から始まるという不思議なビルです(笑)※かぎやビルについての記事はこちら。同じビルの2階に本屋をオープンした若木信吾さんをはじめ、ここに集うクリエイターや来客する皆さんと、浜松を(古いビルから)発信していければと思っています。来年もどうぞよろしくお願いします。

【最後にお知らせ】
誠に勝手ながら新年は8日からの仕事始めとなります。お問い合せは8日より順次返信させていただきます。

【55634ホームページ】http://55634t.com

2012年12月21日金曜日

小山歯科医院|子象が増えた

普段、歯のことでお世話になっている『小山歯科医院』さんのロゴマーク、名刺、看板、車のカッティングシートをリニューアルさせていただきました。当初リニューアルをするにあたって、最も気になっていたことはシンボルマークの「象」の取り扱いでした。リニューアルの際に活かすべきか、なくすべきか、悩みました。
リニューアル前の看板を見ると分かるとおり(分かりにくいかも?)象が小山歯科医院のシンボルで、色々なところに登場しています。この象は、開院のときに院長自らが考えた、とても愛着があるキャラクターであると聞きました。お医者さんは身近な親しみやすさが大切ですし、長年愛されてきた象をあえて残す方向でアイデアを考えました。その中で「小児歯科に力をいれているのに、子象がいない?」ということに気が付きました。パッと見た時に、象の親子が楽しそうに歯磨きをしていて、親子で安心して来院できるイメージをつくることを決めました。
まずは、親子の象の書き起こし。親象と同じテイストで子象を描きました。モノクロの線で見ることで、色にごまかされることなくバランスを見ることができます。
重なり具合や色合いなどを検討して、親子の象の完成です。この提案には院長も驚いていました。リニューアルを依頼した時点で「きっと象はいなくなっちゃうだろうな・・・」と思っていたそうです。デザインというと「カッコイイもの」というイメージが世間にはあり、その中には、デザイナーに対して「意見を聞いてくれず自分のイメージを押し付けてくる」という、ネガティブな印象を聞くこともよくあります。しかし、僕たちは黒子であり、デザインは自分のもの(作品)ではないので、まずは依頼者の話に耳を傾けるのは当たり前のことですよね。話を聞いていく中で、残すべきもの、変えるべきものを取捨して判断をうながすことが、僕の役割であるといつも考えています。
看板は少し面が小さいこともあり、インパクトのある象の親子をデザインしました。もちろん「小児歯科」が明るく目立つようにしています。
そして、車のカッティングシートは「親子でシーソー」です。横長のスペースをどのように活かすかを考えながら、遊びの要素を取り入れました。左右の上げ下げのバランスを調整するのが難しかったですが、かわいらしく仕上がったと思います。
車のシートはもちろん自分で貼ったわけではなく、日伸工芸の石川さんに施工を依頼しました。看板からカッティングシート、展示会など、幅広く対応してくれる会社で、仕事もとても丁寧です。寒空のなか1時間半ほど、慎重にシートを貼っていただきました。お疲れさまでしたm(__)m

2012年12月20日木曜日

印刷物は、無くなるのか。

iPadやKindleなど、電子書籍端末の普及にともない、「紙」の印刷物はこれまでにない危機を迎えようとしています。デジタルと紙。うまく棲み分けて今後も同じようなシェアで共存していくのか、それともデジカメがカメラの主流になったように(最近ではスマホに奪われつつある)電子化の波にのまれていくのか。

デザインにおいてもパンフレット、名刺、ポスターなど、
まだまだ紙媒体は多数を占めています。しかし、そもそも紙媒体が日本で普及した歴史をよく知らないので、「紙に印刷すること」の意義を考えるために、印刷博物館に立ち寄ってみることにしました。ちょうど「印刷都市東京と近代日本」という企画展を開催していて、日本における印刷の歴史を「点」ではなく「線」として知ることができました。
ヨーロッパで木版印刷機が登場して、日本に伝わったのが18世紀。日本でも木版印刷機で挿絵を刷ることが可能となりました。1774年に印刷された解体新書』をはじめ、幕末から文明開化にかけて、政治と経済に関するもので印刷物が爆発的に普及したそうです。その後、自由民権運動で高まる言論活動やジャーナリズムで、印刷の種類と部数は大幅に増えたということです。

1890年には日本の議会開設にともない、写真製版が実用化。イギリス発祥の輪転印刷機が導入され、1000年以上にわたり日本の印刷の主流だった木版印刷が衰退していくことになったそうです。2000年以降は、デザインにおいてもパソコンでレイアウトすることが主流になり、印刷を取り巻く環境はデジタル化がいっそう進みました。

これらの流れを把握しながら気づいたことは、印刷と政治の関係。やはり政治には「広く伝える」という行為が不可欠であり、その手段として印刷が栄えた側面があるようです。今ではその手段はホームページやTwitterに取って代わられることも多く、政治家、学者、作家、ジャーナリストなど、多くの方々がインターネットを通じて発信をしています。

ということは、電子書籍だけではなく、すでに「伝える」手段はインターネットへ主権が移りつつあるのです。その動きを踏まえて「紙に印刷すること」の長所を考えると、アナログ的な温かさというか、手に取るという行為。そして、印刷物と言うように「物として残る」という点。デザインをする上でも、こうした良さを感じながら1つのツールとして向き合う必要性を感じました。これからも紙の媒体をデザインするときには、印刷物であるメリットを常に考えながら、デジタルとの相乗効果を考えていきたいと思います。

2012年12月13日木曜日

はまクリ忘年会2012


2011年に発足した(僕が発起人でもある)「はままつクリエイティ部の忘年会を開催しました。はままつクリエイティ部(通称:はまクリ)の運営部員はたったの3名ですが、こういった集まりに20名以上の方が集まる(東京からこのために帰省する参加者も)といった不思議なコミュニティです。

もちろん、このような「ゆるやかな集いの場」をある程度は意識的につくっています。これまでの時代、いわゆる「組織」はまず「目的」がありました。そして、組織の巨大化もしくは常態化にともない「目的」があいまいになり、集まることがひとまずの目的になってしまうケースが数多くあったことだと思います。

その一方で、はままつクリエイティ部の場合は「目的」ではなく「価値観」に人が集まっています。業種は違うけど同じような価値観を持っている人たちが集まり、つながることで、何かが起きるきっかけになる。ゆるやかに人が集い、情報交換や仕事のつながりが無理なくできていく。そんな場になればと思っています。

“うまく言えないけど価値観が違う”と、恋愛の別れ際でもよく使われるように、価値観なんてそもそも言葉にできるものでもないし、目に見えるものでもありません。たとえば、話をしていて気が合うとか、少ない言葉で意思が通じるとか、同じものを見て美しく感じるとか、なんとなく感じるものだと思います。

また価値観が近い人とは、共感するスピードが速く、あうんの呼吸が生まれやすいのも事実です。この目に見えない「共感」は、間違いなくこれからの時代を切り開くキーワードだと僕は考えています。もちろん、はままつクリエイティ部に「目的」がないわけではなく、こうした化学反応(感性のつながり)が増えることによって、次世代によりよい浜松を残すことを1つのテーマにしています。今後も継続的にじわじわと進化していければと思っています。

はままつクリエイティ部 facebookページはこちら

2012年12月7日金曜日

カギヤビル


このたび、ひょんなきっかけから事務所を借りることになりました。不動産会社を経営する高校時代の同級生から、浜松でさまざまなクリエティブな人が集う「クリエイターのための場所をつくりたい」という話があり、その意志に賛同をしたからです。(詳細はこちらの記事をご覧ください。http://www.at-s.com/news/detail/450475900.html

浜松にゆかりのある方なら、この写真を見ただけで場所が分かる方もいらっしゃるのではないでしょうか。昭和35年に建てられたので、なんと築52年。浜松の街中の端っこあたり。浜松駅からは徒歩7分ぐらいだと思います。

僕は独立するにあたり、事務所は持たない方針でした。というのも、仕事柄、創造的に考えることには頭を使い、作業的なことはMacさえあればできるので、スペースとしての事務所は必要としないからです。また、打ち合わせもクライアントの事務所、もしくはカフェですることがほとんどです。

ではなぜ事務所を借りることにしたかというと、アイデアの生まれ方が大きく関係しています。アイデアが生まれるときは、椅子に座って考えている時よりも、歩いていたり電車に乗っていたり「動」いていることが多く、雑談(会話の動き)からも生まれます。それは一見、無駄に見えるような時間かもしれません。しかし、そこに創造力のエッセンスが詰まっていて、事務所を借りることで様々な動きが生まれる(=アイデアが生まれる)と考えたからです。つまり、自分の生活の中に強制的に「動き」を入れる。それが事務所を持つ大きな理由です。

実際に事務所内部はこんな感じで引き渡し。さすがに年季が入っていて修復が必要な箇所もありそうですが、現状復帰は考えなくていいとのことで、壁塗りから床張りからすべて自分で考えることになります。この時点ですでに創造性が問われますね。浜松の街中が栄えていた時代から、郊外へと人が流れ空洞化してきた時代まで、この街の流れを端っこから見てきた52歳のビルに、色々なことを学ばせていただきたいと思います。そして、新しい時代のちょっとしたきっかけにもなれたら幸いです。

『カギヤビル』facebookページ:http://www.facebook.com/kagiyabldg?fref=ts